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上杉謙信の川中島の戦い・車懸りの陣は無かった説

2017年6月7日(水)NHKーBSプレミアム

風雲!大歴史実験「川中島の戦い 上杉VS武田 激戦の秘密」

 

で放送された内容からのまとめです。

 

この放送では2つの実験を行っていました。

 

1つは、車懸りの陣の再現

もうひとつは、武田軍の騎馬隊が上杉軍をどう追撃したのか

ということでした。

 

とくに気になったのが、車懸かりの陣の再現です。

なんと、よく言われている「渦巻状の陣で鶴翼の陣の武田軍を打ち破った」というのが

実は違っているのではないか?というところです。

 

タイトルのニュアンスとはちょっと違うんですが(^_^;)

車懸りの陣が無かったというよりも、言われているような形ではなかったのでは?

というものです。

 

 

謙信は我が軍の陣を何度も回って立ちはだかる(甲陽軍鑑)

 

謎の陣形「車懸りの陣」は

江戸時代の軍学者によると・・(軍法侍用集)

 

渦巻き型の陣形で

部隊は次々の回転しながら攻めたのではないか、とされているそうです。

 

よく聞く渦巻き型(螺旋状)のやつですね。

 

先頭の部隊が戦いきったら次の部隊と交代

そうすることで、常に高い攻撃力が保たれた

 

というものです。

 

 

車懸りの陣の本当の姿とは

 

くるくる回りながらって・・

普通に考えても、かなり効率悪そうなんですけど(笑)

 

相手の場所だって、目の前とは限らず、横から来る場合もあるだろうし

回転して前に疲れてない部隊がくるといっても、意味がないかもしれません(笑)

 

ということで、

この陣形を実際に実験で試していました。

 

 

結果は・・鶴翼の陣の圧倒的勝利(笑)

 

前に前にいこうとする上杉軍に対し、武田軍は鶴翼の陣で相手を囲むように攻めることで上杉を包囲して・・終了(笑)

 

ということは、こんな方法ではきっと上杉謙信は戦っていないはず。。

 

 

車懸りの陣とは最新の研究では

鉄砲・弓・槍・刀という武器で部隊を分けて戦う戦法ではないか

というのがあるそうです。

 

その当時は、部隊ごとにリーダーとなる武将がその武将の配下に

「鉄砲・弓・槍・刀」の武器をもった人間がそれぞれいたそうです。

その部隊ごとで戦う方法だったそうですが

 

上杉軍は、それをバラバラにし、

武器別に編成して部隊を作ったのではないか

ということだそうです。

 

 

戦い方としては

鉄砲隊がまず撃ち、その後うしろの兵士が前進、鉄砲隊は最後尾に下がる

次に弓隊が前に出て撃ち下がり、そして槍隊が突撃する。

という風に、武器ごとの部隊が次々と前に来て戦うという作戦です。

 

これは・・強そうですよね。

どう考えても、同じ武器でまとめて攻撃した方が効果が高そうですし。

 

また、この時代はそういう戦い方をしていたことは無かったのではと言われています。

 

なので、見たことがないような攻撃が次々とやってくることで

武田軍は壊滅的な打撃を受けたのではないか、とのこと。

 

 

これで実験をやってみたら・・

見事に上杉軍が勝利!

 

ということで、これが車懸りの陣ではないか、とのことでした。

たしかに武器別の部隊がくるくる回転するような形なので

 

謙信は我が軍の陣を何度も回って立ちはだかる(甲陽軍鑑)

 

これにまさに当てはまると思います。

 

 

ただ・・

 

こういう武器別編成が本当にできるのか?!というのが疑問だそうです。

 

やっぱりその時代は、配下の武将たちが独立性を持っていて戦いに参加しており

武将たちはそれぞれ手柄をたてようとがんばるはず。

 

そこで武将の部隊をバラバラにして再編成すると

誰の手柄なのかよくわからなくなってしまいます。

 

なので、そういう編成を配下の武将にさせることが本当にできたのか

というのがやっぱり疑問だそうです。

 

・相当強大な権力を持っていた

・もしくは直轄軍だった

 

もしこういう武器別編成ができていたとしたら

こういう条件が必要なのでは?とのことでした。

 

うーん、、ここは不明なのでわかりませんが・・

 

 

やっぱり螺旋状で戦うのはかなり無理がありそうなので

この武器別編成の部隊が代わる代わる前にやってくる

という方法が最も良さそうです。

 

でもこれだけ強かったのなら、

おそらくこれをやれば、戦国時代は最強の軍団になることができたと思われます。

 

 

ただ、やっぱり、配下の武将の軍団をバラバラにして武器別に編成するのは

難しかったんでしょうね。

 

 

 

なんとなく・・ですが

 

こののち、武田信玄の息子、武田勝頼と織田信長・徳川家康連合軍との戦い

長篠の戦いで鉄砲隊が活躍したという話がありますが

 

これは鉄砲隊を集めて戦った

 

という意味ではちょっとこの謙信の作戦に近いものを感じます。

しかも、鉄砲隊がかわるがわる打ってきたとも言われていますしね。

 

(長篠の戦いは、実はこういう戦いではなかったという説もありますが)

 

 

武田信玄の騎馬隊の追撃方法

 

あと、このテレビ番組ではもうひとつ実験をしていました。

こちらは簡単にご紹介。

 

 

上杉軍の車懸りの陣でさんざんにやられた武田軍ですが

その後援軍がきて形勢逆転、今度は退却しようとする上杉軍にかなりの被害を出させたそうです。

 

その時の追撃は騎馬隊が活躍したそうですが

いったいどういうふうに追撃したのか?

という実験でした。

 

 

まず、

 

部隊を横並びにして逃げる上杉軍を追いかける

という方法をとってみますが

 

まず、人間の兵士と一緒に馬が走ると、

足のおそい人間と一緒に進む馬は足並みをそろえようとすると遅くなってしまいます。

 

また、馬だけで追いかけたとしても

横並びでスタートすると・・結局、逃げる上杉軍にはなかなかおいつけないようです。

また、槍を持って馬を扱うとなると相当難しく、馬も横並びで走ると走る方向が一定にならず目標に追いつくのが難しいとか。

 

 

そこで、縦並びに並んで馬を走らせてみると・・

 

スピードが上がり、目標に向かって次々に馬が到達する

という状況になりました。

 

やはり馬は、前を進む馬についていくし

前の馬がこうしている、というのをみて、うしろの馬も同じように行動してくれる

前の馬においつこうとしてスピードも上がる

ということでした。

 

 

・・・ということで

 

なんとなく、部隊は横並びにいて

そこからどんどんおいかけた

みたいなイメージになりがちですが

 

どうやら、騎馬隊は縦並びに進むようです。

 

 

もしこういう方法を武田軍がとっていたとするなら

やっぱり馬の習性をよく知っていたということなんでしょうね。

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